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【スクール】親の役割

大会におけるジュニアの親と子について考えるとき、私には全国選手第一号のジュニアとそのお父さんの姿が、潤んだ瞼に浮かびます。
テニストピアの歴史に書く予定でしたが、一部ここで書かせて頂きます。

お父さん率いる少年野球を卒業してテニスへの転向希望の小5の少年の名は橋本吉弘。
その子は二年で大阪の頂点に立ち、三年で関西Jr.に初出場で単複第一シードと急成長しました。
そのお父さんから口癖のように聞かされた言葉があります。
『全部コーチに任せるから!』『任せるから吉弘をたのんます!』
それには、親としてチームメイトより厳しく指導し過ぎて野球を嫌いにさせてしまった反省が込められていました。

実績が全く無い私への厚い信頼が嬉しくて、どんな苦しい筋トレにも音を上げないが本人の心意気が嬉しくて、私は夢中で指導しました。
上達を肌で感じるために、レッスン後よく試合をしましたが、いくら熱があっても苦になりませんでした。
『この親子のためなら死んでも良い』と真剣に思っていましたから。

その子の初優勝は小6のサンケイJr.。
試合後、一人で行ったために電車に迷い、住之江から梅田回りで津久野駅まで帰り着きました。
同じく小6、一人で新幹線の切符を買い一人で旅館を予約し一人で関東のサーキットに参加しました。
大阪Jr.初優勝の夜は波乱。
一人で初優勝を果たして疲れ果てた彼は、駅まで車の迎えをお母さんに電話で頼みました。
それをお父さんは許しません。
仕方なく歩いて帰り、玄関を開けての第一声は想像がつきます。
『なんで迎えに来てくれへんかったんや!』
でも、その声に『何を~!』と、拳を振り上げたお父さんが襲いかかります。
しばしば殴られていた吉弘くんは、お母さんが探し出すまで一時間近く徘徊するはめに陥りました。

『コーチ見に来んでええで! 勝ってくるから。』と言って優勝してくる・・・
試合前日ダブルフォールト多発で私を心配させるものの、『大丈夫。明日は一つもダブらんからっ』と言ってのけ、『一つもダブらんかった』と翌日勝利報告を電話してくる・・・
全中予選決勝では、ストローク強打におぼれての0-5の劣勢から、全サーブと全レシーブをネットダッシュという偉業で7-5で逆転優勝してくる・・・
そんな頼もしい奴でした。
その礎は、お父さんが築かれたのです。
お父さんの子育ては『何でも一人でやれるように』でした。

このまんまを一般家庭に、期待することは不可能なことは解っています。
女の子の場合、セキュリティの心配もあります。
しかし、この親子を想像するとき、お金が無いからと14歳でITFJr.を一人で世界を転戦するジュニアを想像するとき、挨拶に親を登場させるかどうかの議論は消え去り、大会会場で親が登場し過ぎるシーンを論じるべきだという気持ちになりませんか?

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