『コーチは親じゃないから責任を取れない』
たまに聞く言葉です。

では、責任てなんでしょう?
三省堂大辞林によると
①自分が引き受けて行わなければならない任務。義務。
②自分がかかわった事柄や行為から生じた結果に対して負う義務や償い。
③〘法〙 法律上の不利益または制裁を負わされること。

冒頭の意見を換言すれば、「親なら責任を取れる」となります。
ならば、コーチの責任と親の責任て、何でしょう?

①は言わば良い未来への期待
美容師vsママのカット
大工vsパパの日曜大工
コックvsママの手料理
テニスコーチvsパパの指導
医師vsパパの経験談

任務や義務の遂行力は、専門家と親の、スキルや経験や情熱の差によります。

②は悪い過去への戒め。
プロが失敗したときの責任の取り方は?
丁重に謝罪する。
減給や減収となる。
自ら辞任する。
クビになって失業する。
損害を賠償する。

親が失敗したときの責任の取り方は?
ギュッと抱きしめる。
ごめんね、ごめんねと謝る。
美味しいご飯をつくってあげる。
就職先を見つけてあげる。
一生ずっと親が生活の面倒見ていく。

親って、ギュッと抱きしめるだけでも効果絶大です。
親って、辞任もクビも廃業もまず不可能ですから、責任は比較できません。
そもそも両者の責任を比較すること自体ふさわしくないのです。

専属コーチの場合、クビや廃業は大いに有りです。
一般コーチの場合、減給や減収は大いに有りです。
親は、就職や生活の面倒見るって、子の自立を阻む訳で無しでしょう。

実質的に見ると
責任を取れるのはコーチの方であり、親は取れないということです。

親がコーチに任せて、コーチには落ち度は無く、子供の能力の限界が原因で期待する結果を残せなくて辞めた場合でも、責任を取るのはコーチです。
また、期待以上の結果を残したにも関わらず、親の経済的つまずきが原因で辞めた場合でも、責任を取るのはコーチです。
全国級の選手であれば、突然の諦めや乗り換えは大幅減給,減収という制裁となりますから。

稀ですが、自分の正当性を高めるために相手を悪く仕立てる性格の親による、風評的減収が追加される場合もあります。

言わば、親の落ち度すら、責任を取るのはコーチです。

③は他人と親に関わらず、違法行為は処罰されます。

テニスコーチの場合、違う論点が加わります。
〔テニスコーチvs学校の先生〕
「テニスが駄目に終わったとき、無学をどう償ってくれるのか?」と。

確かに学校の先生の言うことを聞いていた方が幸せになれる確率は高いです。
かといって、学校の先生は責任は取ってくれません。
受験に失敗しても、就職に失敗しても、仕事で失敗しても、結婚に失敗しても。
それらの失敗に負けて人生を見失っても。

私はテニスを通じて、授かったものがあります。
「どんなことがあっても、やり抜く精神」
「どんな失敗があっても、あきらめない精神」

私の場合、プロコーチではなく高校時代の顧問の先生からでしたが。
勉学の先生からではなかったことは確かです。
親からではなかったことも確かです。

「コーチは親じゃないから責任を取れない」と称して
「親の責任でより良いとこを」と称して
親が率先して「諦め人生」や「乗り換え人生」を教えてしまうことこそ、責任が大きいと私は強く思っています。

日本の今のジュニアテニス界は、諦め組や乗り換え組を量産する環境が整っており、それを危惧するから書いてみました。
コーチの自己弁護や愚痴と受け止めた方は、笑ってお見過ごしください。

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